みなさんこんにちは。
 今日の私たちは部室を離れて、中央線に揺られています。
 私はいつも徒歩で通学しているので、
 電車に乗るだけでもお出かけ気分を味わえます。
 そしてこれは、私にとってプロ野球愛好会初の校外活動です。
「ええんやろか……阪神ファンのウチが、
 こんなふざけたパーティーにお呼ばれしてしもて……」
「まあまあ、せっかく招待してくれたんだし、
 今日はそういうの抜きで楽しもうよ」
「でも今楽天に2点先制されとるし……
 贔屓が負けとるのにこんな……」
「あ……ウチも敬遠策失敗して逆転されてる」
 スマホを手にした虎々奈先輩と浜愛先輩が、
 そろって溜息をついています。
「暑い……まだ6月なのにこんな……
 身体が溶けてしまいそう……」
「つばめ先輩、体調は大丈夫ですか?」
「ありがとう遥ちゃん……今は大丈夫なの……。
 ここにきて、チームの調子がちょっとだけ
 上向いてきたから……ふへへへ……」
 読売ジャイアンツの連敗が続いているとき、
 実はつばめ先輩の好きなヤクルトスワローズも
 ひっそりと10連敗を喫していました。
 その間、先輩は部室に来ていなかったのですが、
 昨日ひさしぶりに顔を出してくれました。
 ここにきてチームが3連勝してくれたおかげです。
「あ、この駅だね。降りるよ」
 ホームに出てから改札を抜けると、
 初夏の熱気が風に乗ってやってきました。
 今年の梅雨は、ずいぶんと雨が少ない気がします。
「確か、ここをまっすぐ行ってから右だよね」
「せやな。ま、あんな立派なお屋敷、
 どんなうっかりさんでも見落とさんやろけど」
 私たちの目的地は、ここから少し
 歩いたところにあるようです。
「陽射しが強い……水分補給、ちゃんとしないと……」
 つばめ先輩がカバンから水筒を取り出しました。
 そこから出てきたのは、なんだか見覚えのある肌色の液体で……
 あの、それはまさか……。
「あ、あそこにいるの美羽璃じゃない?」
「ホンマや。おーい!」
 大きく手を振る虎々奈先輩に気付いて、
 美羽璃先輩が小さく手を振り返してくれています。
「いらっしゃいみんな。ここまでお疲れさま」
「今日の美羽璃、お姫様みたいだね。かわいい!」
「ふふ、ありがとう浜愛」
 そういえば、先輩方の私服を見るのは今日が初めてです。
 皆さんよく似合っているのですが、
 美羽璃先輩は特にオシャレをしています。
 なにより、ドレスを着ているのでとても煌びやかです。
「ここが美羽璃先輩のお宅ですか?」
「そうね、本邸はもうすこし先だけど、
 敷地だけで言えばここはもう私の家よ。
 さ、乗ってちょうだい」
「え……? 車に乗るんですか?」
 先輩の家に着いたばかりなのに、なぜでしょうか。
「あはは、やっぱ最初は戸惑うよね」
「この敷地、ざっと球場2つ分くらいあるんや。
 せやから歩くのも面倒やっちゅうことで、
 正門から車で移動するんやと」
「え……?」
 つまりこれは、送迎用の車……?
「ま、リリーフカーみたいなもんやな」
「それはちょっと違うんじゃ……」
「遥さん、乗らないの?」
「あっ……し、失礼します」
 私が乗車すると、運転手らしき方が
 ドアを閉めてくださいました。
 その方がハンドルを握り、ゆっくりと走り出します。
「うわ、T−岡田にソロ打たれて
 1−3になっちゃったよ……」
「ねえ、ヤクルトはどんな感じ……?」
「ヤクルトは……お、勝ってるよ。
 しかも4−0。山田が3ラン打ってるね」
 先輩方は野球の話を続けていますが、
 私はと言うと外の景色に首ったけです。
 先輩方の口ぶりからなんとなく期待はしていたのですが、
 美羽璃先輩のお家は、ドラマや映画に出てくる豪邸そのものです。
 あまりにも現実離れしているので、マンガのような、
 という喩えが適切かもしれません。
 なにもかもが新鮮です。目に映る全ての景色が輝いています。
 これはもう、住む世界が違います……!
「さ、着いたわ。ありがとう松本」
 運転手の方は松本さんというらしいです。
 美羽璃先輩がお礼を言って車を降りたので、
 私たちもそれに続きました。
 すると、目の前には見上げるほどの大きな建築物が。
「お邪魔しまーす」
 立派な両開きのドアを開け、虎々奈先輩が
 親戚の家に上がるような調子で入っていきました。
 なんだか頼もしいです。
「こっちよ、迷わないようにね」
 家の中で迷子になる、という普通ならあり得ない体験も、
 ここでなら起こりうるかもしれません。
 美羽璃先輩に続いて長い廊下を抜け、
 広々とした大きな部屋にやって来ました。
 真っ白なテーブルクロスが等間隔に並んでいて、
 その上には目移りするようなごちそうの数々が。
「それじゃあ、あらためて……
 ようこそ、読売ジャイアンツ連敗ストップ記念のパーティー会場へ!」
「あ……せやった、忘れてたわ……」
 そうでした、今日美羽璃先輩が私たちを招待してくれたのは、
 ジャイアンツの連敗が止まったことをお祝いするため、でした。
 よく見ると、『祝! ジャイアンツ連敗ストップ!』
 と書かれた横断幕も掲げられています。
「13連敗もやらかしといてその前向きな発想、
 ある意味尊敬するわ……」
「ふふん、好きなだけ尊敬してくれていいわよ。
 落ち込んでるときこそ前を向く、というのが、
 私の尊敬するおじいさまの口癖なんだから」
「こんなに豪華な料理……私、見たことない……」
「スゴいでしょ。金ヶ代家自慢のシェフが、
 腕によりをかけて作った三つ星級のフルコースよ」
 それを聞いて、私は生唾を飲みこんでしまいました。
 地中海がどうこうとか、なんとか風のなんとか仕立てとか、
 きっと名前が複雑に違いない料理ばかりです。
「そうそう、食事の後はみんなで野球観戦をしましょう。
 ねえ、あれをお願い」
 美羽璃先輩が使用人らしき方にそう告げると、
 部屋の壁に大きなモニターがゆっくりと下りてきました。
 小さな映画館のスクリーンくらいありますが、
 もうこの程度では驚きませんよ……!
「これ、テレビなの?」
「ええ。最大4つまで画面分割が可能なの。
 複数の専門チャンネルにも入ってるから、
 例えばこんな感じで……」
「あ、ハマスタ!」
「甲子園球場やん!」
「日ハム戦……怪我人はいない? 大丈夫……?」
 大きな画面が均等に分割されて、
 各チームの試合中継が映し出されています。
 プロ野球が好きな人にとって、
 これはたまらない設備なのではないでしょうか。
「とりあえず、巨人の試合が始まるまでは
 金ヶ代家自慢のシェフが腕によりをかけて作った、
 三つ星級の料理を……」
「いや、料理はいいからこの大画面で野球観せて!」
「阪神の試合ほったらかしで飯なんか食えるか!」
「ヤクルトは……? ヤクルトはどうなの……?
 みんな無事なの……?」
「ええと、巨人の試合が始まるまでは、
 三つ星級の料理を……」
「ワンナウト満塁で戸柱! 昨日のヒーロー!
 今日もいっぱ打点稼いでーっ!!」
「三つ星……」
「同点に追いついとるやん!
 いったれ原口! お前のパワーを見せつけたれー!」
「あの……」
「ブキャナン……今ウチでもっとも頼れる先発投手……!
 いける……いけるわ……4連勝……ふへへへへ……」
「あ、あなたたち、三度の飯よりなんとやらね……」
 私としては野球の経過と同じくらい
 料理にも興味があるのですが、
 先輩方は試合に夢中みたいです。
「仕方ないわね……見せてあげてもいいけど、
 6時からはみんなで巨人戦を観戦するんだからね!」
「やった! ありがとー美羽璃!」
「勝ったら祝杯挙げるでー!」
「お酒はダメーっ!!」
 でも、良かったです。
 美羽璃先輩の元気な姿を見ると、
 なんだかんだで安心してしまいます。
 交流戦も明日で終わり、来週からまた
 リーグ戦が始まります。
 どのチームにも頑張ってほしいです……!