みなさんこんにちは。
 もうすぐ5月も終わりですね。
 先週いっぱいで中間テストが終わったので、
 ほっとひと息……と言いたいところなのですが、
 どうやら来月は文化祭があるようで、
 早くもその準備が始まっています。
 高校生活というのは、想像以上に慌ただしいです。
 このままでは、あっという間に一年が過ぎてしまう予感がします。
「じゃーん!」
 虎々奈先輩が得意げな様子で、
 外国人選手のポスター……でしょうか?
 らしきものを掲げています。
 首位陥落で落ち込んでいるのでは、と
 心配していたのですが、どうやら杞憂だったようです。
「虎々奈、それどうしたの?」
「ほら、先週言うとったやろ。
 どっちがマテオでどっちがドリスか分からんわーって。
 せやから、部室に貼ったろーって」
「え、貼るの? それを?」
「せやで。この方がプロ野球愛好会っぽいやろ」
 縦縞のユニフォームに身を包んだ二人のピッチャーが、
 なんとも豪快なフォームを披露している写真です。
「ふんふふ〜ん♪」
 それを、虎々奈先輩が嬉しそうに画鋲で留めています。
「それ、ポスター?」
「拡大カラーコピーや!」
「あー、どうりでなんか荒いわけだ……」
「ごきげんよう……って、なによこれ?」
「お、よー来たな美羽璃。広島にカモられたショックで
 ずる休みせんか心配しとったわ」
「う、うるさいわね……それより、これは何?」
「見て分かるやろ?
 ウチの自慢の助っ人外国人や!」
「その自慢の助っ人外国人が、
 どうして部室に貼ってあるのよ?
 ここはいつから阪神タイガース愛好会になったのかしら?」
「あ、そーいや美羽璃は先週おらんかったな。
 そこにおるつばめが、この二人の見分けがつかんって
 言うから、分かるようにしたろと思ってん」
 ん? そこにいる……?
「って、つばめ先輩……!?」
「ごほっ、げほっ……こんにちは、遥ちゃん……」
 どうして今まで気付かなかったんでしょう。
 よく見なくても、部室の端にある長椅子に、
 タオルケットにくるまったつばめ先輩が
 横たわっているではないですか。
「つばめ先輩、大丈夫ですか……?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば……
 大丈夫……じゃない、といったところかしら……」
「ダメじゃないですか!」
 一見すると、風邪をひいて弱っているように見えます。
 ただ、つばめ先輩の場合は精神的な原因があるのでは……。
「それで、今度はどうしたのですか……?」
「実は……土曜日の夜、急に具合が悪くなって……」
(最下位に落ちた日だ……)
(最下位に落ちた日や……)
(最下位に落ちた日ね……)
 なんでしょう。
 まだ二ヶ月足らずですが、
 私もプロ野球愛好会に馴染んできたということでしょうか。
 先輩方の顔を見ただけで、
 心の声まで聞こえてきた気がします。
「昨日一日安静にして……なんとか、
 登校できるくらいには……回復したんだけど……」
(5位に戻ったから……)
(5位に戻ったからなぁ……)
(5位に戻ったみたいね……)
「そ、そうですか……無理はなさらないでください」
「ありがとう、遥ちゃん……こほっ、けほっ……」
「……コホン。それで?
 見分けがつきにくいからって理由で、
 その二人を部室に貼ることにしたの?」
「せやで。ちなみに美羽璃は、どっちがどっちか分かるん?」
「そ、それは……」
「というか……この二人が誰と誰だか分かってん?」
「へっ……?」
 美羽璃先輩が後ずさりしたのを見て、
 虎々奈先輩が不敵な笑みを浮かべました。
「今シーズン何度か対戦しとるし、
 野球観とったらわかると思うんやけどなぁー」
「ぐっ……あ、あいにくだけど、
 私は他球団にはこれっぽっちも興味がないの。
 だから知らなくて当然だし、そもそも知りたくないし!」
「ほー……なら、そんな美羽璃にもっと興味を
 持ってもらうために……じゃじゃーん!!」
 虎々奈先輩が続いて取り出したのは……
「な、なによこれ……」
 ……ええと、なんでしょう。これは。
 虎々奈先輩が手にしているのは、一枚の大きな紙……
 なのですが、そこにはニッコリ顔のマテオ選手とドリス選手が、
 大量に印刷された切手のようにずらりと並んでいます。
 あるいは、何枚も複製された証明写真かのようです。
「虎々奈ちゃん特製、マテオシールとドリスシールや!」
「え、これシールなの? マテオとドリスの?」
「せやで!」
 同じ人の顔がこれだけ密集していると、
 ただならぬ圧力を感じずにはいられません……。
「ほいっと。こんな感じで好きなとこに
 ペタッと貼っとけば、もう嫌でも覚えられるやろ!」
「ちょっ、勝手に私のバッグに貼らないで!」
「なっはははは。今日は名前だけでも
 覚えて帰ってくださいねーっと。ぺたぺた」
「や、やめっ……! ちょっと、何枚貼ってるのよ!
 私は坂本様のファンなのにーっ!!」
 美羽璃先輩のカバンが、虎々奈先輩の手によって
 みるみるうちにマテオ選手と
 ドリス選手まみれになってしまいました。
 これではもう、完全に阪神ファンのカバンです。
「でも、こうしてみると間違い探しみたいだね」
 二人の選手を5本の指先にぺたぺたと貼りながら、
 浜愛先輩が興味深そうに眺めています。
「よく見たらそっくりってわけでもないのに、
 雰囲気が似てるからかな……? ごっちゃになりそう」
「マテオがドリスのユニフォーム着て登板しても、
 誰も分からんかったりしてな!」
「ウチだったら、エリアンとシリアコかなぁ……」
「その二人は誰ですか?」
「ん? ああ、他のファンから見て、
 どっちがどっち? ってなりそうな選手。
 ほら、これこれ」
 浜愛先輩が見せてくれたスマホの画面には、
 バットを担いで笑顔で立っている外国人選手が二人。
 確かに、これは横浜ファンの人じゃないと
 分からないかもしれません。
「それなら……ウチは、オンドルセクと
 バーネットかしらね……げほ、ごほっ……。
 まあ、もうどっちもいないんだけど……
 ふへ……ふへへへへへへ……!」
「つ、つばめ、ゆっくりしとき……?
 なんか、いろいろ余計な傷開いてしもてるで……?」
「ウチで言ったら……マイコラスとポレダかしら」
 先輩方の口から、次々と私の知らない
 助っ人の名前が出てきます。あ、でも、
 マイコラスは聞いたことがあるような、です。
「あの二人、一緒に入ってきたもんね。
 最初は私も分からなかったなー」
「嫁さんが美人なのがマイコラス、
 とっくにいないのがポレダやろ?」
「え? ポレダってもういないの?」
「去年の終わりに自由契約じゃなかったっけ?」
「そ、そう……そういえば、そうだったかもしれないわね……
 うん、確かそんな気がしてきたわ」
「ホンマは知らんかったんとちゃうん?」
「しっ……知ってたわよ!
 阪神の助っ人なんて知らないけど、
 巨人のことならちゃんと知ってるもの!」
「巨人のこと、やのうて坂本様のことやろ?」
「いいじゃない別に……!
 坂本様の知識なら、誰にも負けないんだから!」
「坂本の今の打率は?」
「3割2分2厘!」
「得点圏打率はなんぼ?」
「にっ、2割7分8厘……」
「じゃあ、出塁率」
「4割ちょうど!」
「エラーはなんぼ?」
「まだ2つよ!」
 選手の成績を完璧に把握しているのもスゴいですが、
 個人的にはひとつひとつの受け答えに
 必ずキメポーズ、のようなものを合わせている
 美羽璃先輩がスゴいと思います。
「ふふーん、坂本様のことならなんでも聞きなさい」
「坂本の広島戦の打率はー?」
「2割……ってちょっと虎々奈!
 さっきから悪い成績のことばっかり聞かないで!」
「ちっ、バレたか……」
「まったく……って、こんなことしてる暇ないのよ!
 私、先に失礼するわ……!」
「あれ、もう帰るの?」
「文化祭の実行委員になったから、
 計画書をまとめる必要があるの。それじゃあね」
 ぺこりとお辞儀をしてから、
 美羽璃先輩が部室を出て行かれました。
「うはー、もうそんな時期やったか」
「交流戦のことばっかり考えてたけど、
 普通に学校行事があるんだよねぇ……」
 文化祭が終われば期末テストが待っていて、
 その先はもう夏休みです。
 それはつまり、夏の大会が……。
「あっ……!」
「どうしたんですか?」
 小さく口を開けた虎々奈先輩、
 なにやらマズいことに気付いてしまった様子です。
「文化祭のことで、何か忘れてたとか?」
「いや、そーやなくて……」
 ちゃうちゃう、と手を振って、虎々奈先輩は手元の大きな紙を……
 正確には、マテオ選手とドリス選手のシールを見つめました。
「……アイツ、バッグにマテオとドリス貼ったままちゃう……?」
「あ……」
 ……美羽璃先輩にとって、この二人は
 絶対に忘れられない助っ人となってしまいそうです……。