みなさんこんにちは。
 今日も――
「ホンマに!?」
 今日も…………すみません。ビックリして
 何を言おうとしていたのか忘れてしまいました。
 なにやら、先輩方が慌てているみたいです。
「ほ、ホンマに来るんか?」
「少なくとも、学校には来てるって。
 昼休み前に保健室行きになったらしいけど」
「でも、今の順位は5位だったわよね?」
「そうなんだよね……無理してないといいけど」
「月をまたいで3連勝したときがチャンスや思てたけど、
 ちょうど連休入ってしもたからなー」
 保健室、5位、3連勝。
 この3つの単語の中だと、保健室だけが
 野球とは無縁な気がするのですが……。
「あの、みなさん何の話をされているのですか?」
「あ、ゴメンね。遥ちゃんがまだ会ってない部員が、
 今日は学校に来てるらしくて」
「なんと!」
 そうでした。すっかり忘れていました!
 ここ最近、部室に来るたびに
 なにか忘れているような気がしていたのですが、
 その正体が判明しました。
 私はまだ、あと二人いると聞かされていた
 もう一人の先輩にお会いしたことがないのです。
「では、ご挨拶のチャンスですね」
「そう、だね……うん、そうだといいんだけど」
 むむ?
 私が入部してから、部員が全員集合するのは
 今日が初めてのはずです。喜ばしいことです。
 なのに、浜愛先輩は浮かない顔をしています。
「授業中に聞こえた救急車の音、アイツやないやろな……」
「ちょっと、縁起でも無いことを言うのはやめなさいよ」
 虎々奈先輩と美羽璃先輩も、
 不安げな表情で不穏なお話をしています。
 そんな先輩方の雰囲気にあてられてか、
 私もだんだんとそわそわドキドキしてきました。
(ふーむ……)
 保健室と救急車に関係があって、
 そして今日まで学校に来ていなかった先輩。
(はっ……!?)
 ……なんということでしょう。
 私は、大変な事に気づいてしまったかもしれません。
 保健室と救急車は、どちらも怪我に関係があります。
 そこから察するに、先輩は常に生傷の絶えない環境に
 身を置いている、と推測することができます。
 そして、今日まで学校に来ていなかったのは、
 恐らく授業をサボってゲームセンターに行ったり、
 河川敷の橋の下だったり、薄暗い倉庫みたいな場所で
 他校の生徒と壮絶なケンカを繰り広げていたからに違いありません。
 つまり、残る一人の先輩は……
「不良!?」
「え?」
「不良がどーかしたんか?」
(ど、ど、どどどどうしましょうー!)
 きっとそうです、そうに違いありません!
 部員が足りないからと手当たり次第に
 声をかけた結果、校内で一番悪名高い女番長を
 うっかり勧誘してしまったに違いありません!
 大変です、これは一大事です!
 まさしく、プロ野球愛好会最大の危機……!
「あ」
 き、来ました! ドアがゆっくり開いてます!
 こうなったら、正当防衛もやむなしです!
 もし先輩方が危害を加えられそうになったら、
 幼い頃に柔道を習っていたこの私が率先して前に出るしかありません!
 黒帯の母に教わった必殺コンボ、払い腰からの袈裟固めで――
「みんな……久しぶり……」
 ……部室に入ってきたのは、黒髪でおさげの女の人でした。
 少なくとも、女番長感は皆無です。
「ホントに来た……! 久しぶりだね!」
「ほら、そこにイス出しといたから、早う座りや」
「大丈夫? 飲み物とか、希望があったらなんでも言いなさいよ?」
「ふへへ……おかまいなく……」
 先輩方が一斉に気を遣いだしたところを見ると、
 やっぱりこの人が女番長なのでしょうか。
 いや、でも、しかし……。
「ごめんね、みんな……よっこら、しょ」
 女番長先輩、なんだか顔色が悪いです。
 というか、他にもいろいろと悪そうです。
 左目に眼帯、首にはコルセット、
 右腕は折れているのか三角巾で吊しています。
 そして、反対の腕で松葉杖をついていたということは、
 左足も負傷しているのでしょうか。
 どう見ても、素行より体調の方が悪そうなのですが……。
「あら……新しい部員さん?」
「は、はい。西宮遥といいます」
「こんにちは……私、神宮(じんぐう)つばめっていうの……」
「つばめ先輩……よろしくお願いします」
 その見た目から受ける印象通り……
 と言っては失礼ですが、儚くて弱々しい喋り方です。
 どうも私は、とんでもなく失礼な
 勘違いをしていたような気がしてなりません。
「よろしくね、遥ちゃん……。
 それで……遥ちゃんは、どこのファン、なの?」
「ええと、私はまだ、贔屓の球団というものがなくて」
「あら、そうなの……?」
「そもそも、プロ野球の知識も全くなかったので、
 入部を機に勉強させていただこうと思いまして」
「まあ、殊勝な心がけね……」
「それで、先輩はどちらの球団がお好きなのですか?」
「私はね、ヤク……けほっ、ごほっ……かはっ……!」
「つばめ、大丈夫?」
「大丈夫……ちょっと、むせただけ、だから……ふへへ」
 眼帯のない右目の下にはくまがありますが、
 独特な笑顔が可愛らしい方だと思いました。
「私は、東京ヤクルトスワローズのファン……なの」
 ヤクルト……ということは。
「昨日のサヨナラ満塁ホームラン、おめでとうございます!」
「ふへへ……ありがとう、遥ちゃん……」
「ああ、だから……」
 美羽璃先輩が、どこか納得のいった様子で頷きました。
「まさか、荒木が打つとは思ってなかったから……
 結果を見て、急に元気が出てきて……」
「それで、今日は学校に?」
「ええ、そうなの……」
 むむ?
「ヤクルトがサヨナラ勝ちしたから、
 学校に来たのですか?」
「そう……正確には、登校できるくらいに、
 回復した……と、言うべきかしら……。
 あ、ちょっと……ごめんなさいね……」
 ふと、つばめ先輩が懐からなにかを取り出しました。
 手のひらサイズの容器に入った、肌色の飲み物……
 それは、まさか……!
「んくっ……んくっ……」
「ヤクルト……!」
 思わず、口に出してしまいました。
「これは、ヤクルトファンの嗜みなのでしょうか!?」
「いや、違うと思うよ」
 そうなのですか……。
「ぷはっ……ええと、どこまで話したかしら……」
「学校に来られるくらいに、回復したと……」
「そうそう。病は気から、という言葉があるでしょう……?
 私はどうも、それが体質になってるみたいなの……」
「え……」
「ヤクルトが勝つと元気になるんだけど……
 その逆もまた然り、で……」
「あんま無理して喋らんときや。
 今のヤクルト、言うほど調子良くないやん……」
「怪我人さえ……怪我人さえいなければ、
 私たちは上位を狙えるの……せめて……
 せめて川端と畠山を……返して……けほっ、げほっ」
 これは、なんとも不思議な話です。
 でも、つばめ先輩の言葉が正しいのだとしたら、
 絵に描いたような怪我人と呼ぶべきこの状態も、
 5位という順位の表れなのでしょうか。
 ……最下位に落ちてしまった時のことは、
 あまり考えたくありません!
「例えば……この前、6日の横浜戦も……」
「あー……」
 横浜の名前が出たことで、
 浜愛先輩が苦笑いしています。
「8回の表までは、楽しく速報を追ってたんだけど……」
「6日っちゅーと、例の……」
「あはは……梶谷が、同点満塁ホームラン打った日……」
「小川の勝ち消えとるもんなぁ……納得や」
「8回の裏以降の、記憶がなくって……
 気付いたら、試合が終わってたり……するの。
 お医者様に聞いたら、貧血だって……」
「それは……本物ですね」
 本物という表現が正しいのかどうか、
 いまいち自信がありませんが。
「そういうわけだから……げほっ、ごほっ……!
 あまり、頻繁に顔を出すことはできないけど……
 見かけたらラッキー、くらいの感覚で……
 よろしくね、遥ちゃん……ふへへへ」
「よ、よろしくお願いします……」
 好きな球団の調子が、
 そのまま身体の調子に現れてしまうということは、
 良くも悪くもそれだけ愛が深いということでしょうか。
 ということは、今後ヤクルトの順位が上がっていけば、
 つばめ先輩も元気ハツラツに……?