みなさんこんにちは。
 夕方のチャイムが鳴る頃には、
 日が沈むようになってきましたね。
 部室で野球の話をして学校を出ると、
 景色はすっかり暗くなっています。
 そんな夜を先輩方と一緒に帰るのは
 なんだかとても新鮮なことのように感じられて、
 毎日ちょっぴりワクワクしてしまいます。
「ゆーけー……猛虎せーんしー……
 やー……まー……とー……」
 両手をぶらーんと力なく下げて、
 頭を机にのせた虎々奈先輩。
 宇宙戦艦ヤマトに似ている歌を
 悲壮感たっぷりに口ずさんでいます。
「だーれしーもーのー……
 このゆーめのーたーめー……
 たーたかーえーやーまーと
 お前ーのしーめーいー……
 ごーごーれっつごーやーまーとー……」
 これは余談なのですが、
 さっきからこの歌を20回ほどくり返しています。
「あの、虎々奈先輩はどうしたんですか……?」
「先週の中間試験でまた赤点だらけだったから、
 それで落ち込んでるんじゃないかしら」
「ちゃうわ……ボケぇ……」
 どうしたことでしょう。
 いつもはキレキレな虎々奈先輩のツッコミが、
 なまくらもビックリの切れ味になっています。
「えっとね、阪神の選手がFAで
 出て行っちゃいそうだから、
 それでテンション下がってるんだと思う……」
「分かっとったで……CSで横浜に負けてからずっと、
 FA濃厚FA濃厚言われとったし……
 覚悟もしとったで……平気や……」
「虎々奈ちゃん……私より、元気がない時点で……
 絶対、平気じゃないと思う……」
 つばめ先輩が言うと、説得力があります。
「はー……! ま、どんなに落ち込んだところで
 大和が残るわけでもあらへんしな。
 新人起用の機会が増えると割り切らな
 やってられへんわ……!」
「その大和って選手は良い選手なの?
 なんとなく名前を聞いたことはあるけれど」
「当たり前やろ! 阪神が誇る守備の名手やぞ!
 あの菊池に勝るとも劣らん華麗な守りを
 見たことないんか!?」
「さあ……阪神の選手に興味はないから」
「阪神の選手やのうて、坂本様以外の選手、やろ!」
「横浜が……獲得に乗り出すって……言われてるよね。
 浜愛ちゃんとしては、どう思う……?」
「んー、どうなんだろう……私は、来年も
 倉本と柴田でいいと思ってるんだよねー。
 セカンドの控えには石川と浩康がいてくれるけど、
 ショートの控えがいないからそれが狙いなのかな……」
「でも、大和の希望は間違いなくレギュラーやぞ。
 控えのままでええなら阪神出る理由あらへんし」
「だよねー。だからウチが獲るとしたら、
 柴田とレギュラー争いさせるのが狙いなのかなって。
 切磋琢磨で成長してくれれば将来安泰だし、
 大和がレギュラーになるならそれはそれで戦力アップだし」
「大和の効果で……柴田が、今よりもっと……
 守備、上手くなるかもだよね……」
「あの守備がもうウチでは見られんようになるんか……
 あーヘコむわー……もうテストの補習なんかどうでもええー……」
「いや、それは行きなさいよ……」
「好きな選手が……FAで出て行っちゃうのって、
 ショック……だよね……」
「あの、前からずっと気になっていたのですが……
 FAとはなんですか?」
「あ、そういえば説明してなかったね。
 FAっていうのはフリーエージェントの略で、
 選手に与えられる権利のようなもの……だよね?」
「わ、私に聞かれても困るわよ……!」
「ごめんごめん、でもなんか、
 あらためて聞かれるとちゃんと答えられないなーって」
「よう考えたら、ウチもなんとなくでしか
 知らんな……何年か1軍で試合に出とると
 その権利がもらえて、それを行使すると、
 他の球団とも契約交渉できるっちゅー……」
「権利……ということは、その大和選手は、
 自分の意思で他の球団との交渉を
 望んだということですか?」
「せや……監督の起用法に納得できんくて、
 出場機会を求めてFA……ま、お決まりの流れやな」
「プロ野球選手って、やっぱり
 野球そのものが大好きだから……
 球団をとるか野球をとるかって言われたら、
 みんな野球になっちゃうと思うんだ……
 それは仕方のないことなのかもしれないけど、
 でも、ファンとしてはツラい……!」
「優勝したい、とか……強いチームで
 野球がしたい、とか……ふへへへへ……
 なんか、聞き覚えがある言葉ばっかり……
 げほっ、ごほっ……!」
「ちょっと、虎々奈につられて
 二人まで暗くなるのはやめてよ……!」
「お前にはこの気持ちが分からんのか……!
 まずあり得へん話やろうけど、
 愛しの坂本様が巨人をFAで出てったら、
 美羽璃も三日三晩泣きはらすやろ!」
「どうして……? そしたら、
 他球団のユニフォームに袖を通した
 坂本様を応援すればいいだけのことじゃない」
「あー……コイツはこういうヤツやったな……」
「さすがに、坂本様が引退となったら、
 私もひと月は涙を流し続けると思うけど……」
「ひからびちゃうよ……」
「全部の球団と交渉ができるということは、
 自分がそれまで所属していたチームとも
 話ができるのですか?」
「うん。それでチームに残るって決断することを、
 宣言残留って言うんだよ。チーム状況とか
 現状の待遇に満足してるときは、宣言しないで
 普通に残留ってこともあるし」
「なるほど……」
 フリーエージェント……つまり
 1軍で活躍を続けた選手に対する
 ご褒美のような権利なのですね。
「阪神が4年契約を提示しても
 ダメだったっちゅーことは……
 やっぱ残留は絶望的やな……ははは……」
「虎々奈、あなたが落ち込んでると気持ち悪いわよ……
 ほら、お菓子あげるから元気を……」
「……ゆーけー……猛虎せーんしー……
 やー……まー……とー……」
「ああ! 浜愛先輩、また始まってしまいました!」
「と、とりあえず、みんなで一緒に歌って
 虎々奈を元気づけよう!
 大和の応援歌ホントにカッコイイから!」
「どうしてそうなるのよ!?
 そもそも私歌詞とか知らないし!」
「大丈夫だよ美羽璃ちゃん……そのうち覚えるから……
 ふへへへ……だーれしーもーのー……」

 ……

 結局この日、私は大和選手の応援歌が
 頭から離れず、家に帰ってからも
 しばらく口ずさんでしまいました。
 猛虎戦士大和、恐るべしです……!