みなさんこんにちは。
 9月の上旬、まだまだ気温の高い日が続くはず……
 と思っていたのですが、週の頭からいきなり肌寒いです。
 今朝家を出るとき、「一枚羽織って行ったら?」と
 お母さんが言ってくれたのですが、
 大丈夫だからと言って家を出たことを後悔して――
「くしゅん!」
「遥ちゃん……大丈夫……?
 風邪、引いちゃったの……?」
「ずず……ご心配ありがとうございます。
 すこし寒いだけなので大丈夫です」
「そう……ならいいんだけど……。
 最近は、気温の変化が激しいから……遥ちゃんも、
 靱帯を断裂しないように気をつけてね……」
「は、はい」
 私の体調を気遣っていただけるのは嬉しいのですが、
 どうして風邪ではなく靱帯の心配をされたんでしょうか。
 そしてつばめ先輩、先週からさらに包帯が増えています……。
「危なかった……危なかったよぉー!」
「わわっ……は、浜愛先輩?」
「2戦目落とした時点で流れもムードも最悪で、
 もちろんみんな必死になんとかしようと
 思ってプレーしてるのは分かるんだけどそれが全部
 裏目に出たりしてたからもう3連敗待ったなしって思ってたけど、
 ルーキーの濱口が踏ん張ってくれたんだよー!
 柴田も攻守に渡って最高の活躍を見せてくれたよーっ!
 土俵際ギリギリで首の皮一枚つながったぞーっ!!」
「お、おめでとうございます!」
 感情が荒ぶっている様子の浜愛先輩が、
 私のことをハグしたまま早口でまくし立てました。
 私も気になっていたので、この3連戦はテレビで観ていました。
「打線の調子は上がってきてないし、
 内容も良かったわけじゃないんだけど……それでも
 勝てたことが大きいと思うんだ!」
 確かに、昨日の勝利は辛勝と呼ぶにふさわしい内容でした。
 それでも横浜にとっては、価値のある1勝だったと思います。
「おーおーうぉうぉー♪ でぃーえぬえーベイスターズ♪」
「……はあ……」
 唐突に球団応援歌を歌唱しだした浜愛先輩の影で、
 溜息をついているのは美羽璃先輩です。
「美羽璃ちゃん……元気出して……?
 3位相手に2勝1敗なら……上出来、じゃないかな……?」
「それは別にいいのよ……最終的にジャイアンツが
 Aクラスにいるのは確定事項なのだから、
 別に落ち込むようなことでもないの……そうじゃなくて……」
 この3連戦でチームは勝ち越し、
 3位ベイスターズとの差も縮まったのですが、
 それでも美羽璃先輩に元気がないのは、やはり……
「ねえ浜愛……どうしてなの……?」
「ゆーめーを追ーいかけ……え?」
「坂本様が……坂本様があんなにもがき苦しんでいるのに、
 どうして私は何もしてあげることができないの……!?」
 美羽璃先輩が握りしめている、そのハンカチに名前が刻まれた選手。
 坂本選手が、ここにきて絶不調に陥ってしまっているようです。
「打率……3割……切った?」
「ま、まだよ! けど、もう3割2厘まで落ちてしまって……
 このひと月で3分も落ちてしまったの……くすん」
「良い当たり、一本あったけど……
 サードの正面だったね……残念……」
「つばめも観ていたの!? そうよね!
 あの当たりはとってもよかったわよね!
 なのに横浜の選手が捕るから……」
「正面なんだからそりゃ捕るよ!」
「でも……不調のときって、ああいうものだと思うの……
 打球が良くても……飛んだ先が悪かったりするから……」
「うう……坂本様、美羽璃は毎晩月に向かって、
 一日も早い復調をお祈りしていますわ……」
「ウチとしてはありがたいんだけどねー……
 1番の陽も予想通り調子落としてきてるし」
「なんなのよあの選手は! なんでもかんでもブンブン振って
 貴重なランナーがいる場面で2回もゲッツーを打って……!
 高いお金を払っているのだから、
 それ相応の活躍をするのは当然でしょう!?」
 あいかわらず、坂本選手とそれ以外の選手の扱いに
 モンゴルくらいの寒暖差があります。
「それが当然だったら苦労しないんだよ……
 ほら、高いお金もらってウチからそっちに行った選手が
 ちょっと前に色々問題起こしたりしちゃったじゃん……」
「横浜から……? 村田以外に誰かいるの?」
「いや、うん、なんでもないよ。忘れて……ハハハ」
「そういえば……今日、虎々奈ちゃんは……?」
「ああ、さっき教室のぞいたけど、自分の席で
 泣きながらなんかの課題やってたよ」
「それ絶対夏休みの宿題よね……
 ホントにしょうがないんだから……」
「結局終わらなかったのですね……」
 虎々奈先輩、本当に首位になるまで
 部室に戻ってこられない、なんてことは……ないですよね?
「監督も監督よ、いくら不調だからって、
 球界を代表するスーパースターの坂本様に
 送りバントなんて地味なことをさせようとするなんて……」
「7回の? でもあれ、多分サインプレーじゃないよね」
「え……どういうこと?」
「私も見てたけど……違うと思う……
 もしそうだったら、2球目以降も構えてたと思うし……
 だから……あれは、自分で考えてのことじゃないかな……」
「自分で……? じゃあ、坂本様が自ら送りバントを……?」
「結構前に村田もやってなかったっけ。
 その時はサイン出てたと思うけど、調子の悪い選手って
 なんとかしてリズムを変えたいって気持ちになるから……
 え、美羽璃? 大丈夫……?」
「そんな、そんなことって……」
 悲壮感に満ちた美羽璃先輩の目から、
 涙がぽろぽろとこぼれ落ちてきました。
「自分の調子がどんなに悪くても、勝利に貢献したいという
 一生懸命な姿勢……まさにフォアザチームの精神……!
 野球選手の鑑と呼ぶべき尊い存在だわっ……!」
「美羽璃ちゃん……坂本のハンカチがびしょびしょ……」
「ぐすっ……な、なんて立派な方なのかしら……
 やっぱり私の目に狂いはなかったのね……!
 美羽璃は一生、坂本様についていきますっ……!!」
 さすがです……美羽璃先輩の坂本選手愛は
 留まるところを知りませんね!