みなさんこんにちは。
 どこに行ってもセミの鳴き声が聞こえてきて、
 いよいよ夏本番という感じです。
 高校生になってから初めての夏休みですが、
 やっていることは今までとあまり変わりません。
 私は学校がないのを良いことに、
 この時期は市民球場を巡りに巡っています。
 神奈川県は昨日でベスト4が決まり、
 2勝を決めた高校が甲子園への切符を
 手にするところまでやってまいりました。
 実は私、高校野球が大好きなのにもかかわらず、
 甲子園に観戦に行ったことは一度もないのです。
 ですが、私ももう高校生です。
 お父さんとお母さんに必死にお願いして、
 今年こそは……! なんて、ひそかに思ってます。
 さて、今日はみんなでつばめ先輩の家に向かうべく、
 学校の前で待ち合わせをしました。
 昨日の夜遅くに、つばめ先輩から連絡があったからです。
「『お見舞いに来て!』なんて
 病人自ら連絡してくるなんてなぁ……。
 変わったお誘いもあったもんやで」
「けど、やけにテンションが高かったわよね。
 見たことないスタンプも使ってたし……」
「それは多分、昨日の試合のおかげじゃないかな?」
「昨日……? なにかあったの?」
「なんや、知らんのかい。あんなマンガみたいな試合、
 そーそー拝めるもんやないで」
「まあ、その話はつばめの口から直接
 聞くとして……あ、ここだよね?」
 学校からそれほど遠くない住宅街をしばらく歩いて、
 目的の場所に着いたようです。
 浜愛先輩が代表してインターホンを鳴らすと……
「みんな……いらっしゃい……!」
 ご家族の方が来ることを予想して少し緊張していたのですが、
 つばめ先輩が自ら出迎えてくれました。
「やっほー、来たよー」
「元気そう……ではないわよね」
「むしろ、最後に会うたときより、
 包帯巻いてる箇所が増えてるんちゃう?」
「そう、そうなんだけど大丈夫……
 大丈夫なの、今の私は無敵なの……!
 2013年のバレンティン状態なの!」
 なんというか……なんでしょう。
 虎々奈先輩のおっしゃる通り、以前会ったときよりも
 包帯や絆創膏が増えていますし、心なしか
 やつれているような気もするのですが……
「ふへ、ふへへへへ……」
 それでも、今日のつばめ先輩はなんだか
 やけに元気な気がします。
 瞳の奥が怪しげに光っているので、
 徹夜明けでテンションがおかしくなってしまった人、
 みたいになっているのですが……大丈夫なんでしょうか。
「ささ、上がって上がって……
 あ、今お茶を持ってくるから」
「ありがと、それじゃ部屋で待ってるね」
 つばめ先輩に案内されて、
 他の先輩方と一緒にお部屋へお邪魔します。
「わ、つば九郎がいっぱい!」
 そこは、一目でヤクルトファンと分かるくらいに、
 ヤクルトスワローズのグッズがいっぱい飾ってありました。
「そーいやウチら、つばめの部屋入るんは初めてやな」
 マスコットのぬいぐるみやポスター、
 選手名の入ったタオルにユニフォームなどなど……
 物は多いですが、きちんと片付いているのは
 几帳面なつばめ先輩らしいです。
「はー……よう片付いとるわ」
「虎々奈の部屋とは大違いね」
「う、うっさいわ!」
「お待たせ、みんな……」
 薄笑いを浮かべたつばめ先輩が、
 お盆を持って戻ってきました。
 涼しげなガラスのコップの中には……
 ……見覚えのある、肌色の液体……。
「あれ、お茶って言ってなかった……?」
「え……ウチではこれがお茶なんだけど……
 なにかおかしかった……?」
「あ、いや、うん。全然大丈夫……うん」
 それぞれ言いたいことはあったようですが、
 キンキンに冷えたヤクルトと一緒に飲みこみました。
「あ……つばめ先輩、ここにあるのは
 試合で使われていたボールですか?」
「そうなの……!」
 勉強机の上に飾ってあった硬球を見るなり、
 つばめ先輩の表情がぱぁっと明るくなりました。
「これは、青木のファールが頭に当たった時のボール……
 こっちは、雄平のホームランを捕ろうとして
 右手中指を打撲したときのボール」
「どっちも負傷しとるんかい……」
「で、これが飯原の……あれ、武内だったかしら……
 とにかく、ライナー性のファールが太ももに直撃して、
 おっきな青あざが出来たときのボール」
「打った選手は覚えてなくても怪我の内容は
 覚えているのね……」
「ふへへ……その時の傷と合わせて、
 どれもこれも私の大切な宝物だから……」
「ところで今さらだけど、今日は大丈夫なの?」
 私も気になっていたことを、
 浜愛先輩がそれとなく尋ねてくれました。
「大丈夫よ……昨日の夜に興奮しすぎて、
 ちょっと寝不足気味なだけだから……」
「それってやっぱり、昨日の……」
「そう……! そうなの……!」
 浜愛先輩と虎々奈先輩が知っていて、
 私と美羽璃先輩が知らない話です。
「昨日、なにかあったのですか?」
「昨日のヤクルトがね、6回終わって10点差もあったのに、
 7回8回で同点に追いついて、10回裏に
 サヨナラホームランで奇跡的な勝利を収めたの……!」
「凄い……おめでとうございます!」
「う、ううっ……ありがとう遥ちゃん……
 最後まで諦めなければ、何が起こるか分からないのが
 野球の魅力だものね……ふへへへへ……」
 まだ一年も見ていない私ではありますが、
 プロ野球は高校野球に比べると、
 大量点差をひっくり返す試合が少ないなと感じていました。
 そんな中で、10点差をひっくり返すというのは……
 奇跡としか言いようがありません。
「なるほどね、それで妙にテンションが高かったの」
「そうなの……昨日は同点に追いついた瞬間に
 テンションが上がりすぎて、ベッドから転げ落ちて……
 それで、足を挫いちゃったの」
「足首の包帯はそれなんだ……」
「でもいいの……14連敗で瀕死だったヤクルトが
 こういう形で活気を取り戻してくれたんだもの……
 私の足の一本や二本や三本、安いものよ……!」
 つばめ先輩……! 人間の足は三本もないですよ……!
「そんな劇的な試合の裏で、
 ウチは横浜にしてやられてもうたわ……3位転落や」
「らしいわね。最終回も惜しかったみたいだけど、
 横浜の山アに抑えられたんですって?」
「おまっ……ヤクルトの試合結果知らんのに、
 なんでそっちはちゃっかりチェックしとんねん!」
「下の球団には興味がないのよ。
 でも、上の順位は気になるでしょう?
 それで調べてみたら、横浜が単独2位とかなんとかって」
「いえい! ウィーランド5勝目っ!」
「はっ、言うてもまだ1ゲーム差やし、
 今日勝てば同率で2位に元通りや。
 そもそも、そっちは他球団気にしてられる状況ちゃうやろ!
 どんだけ広島に負けりゃ気が済むねん!」
「広島は去年優勝したチームなんだから、
 勝てなくて当然よ。それに、最終的に
 3位に入っていればいいんだから」
「……いいわね……上位争い出来るチームは……」
「あっ……あ、アホっ! せっかくつばめの体調がええ感じやったのに、
 お前のせいでまたしょんぼりしとるやんけ!」

「わ、私だけのせいじゃないでしょ!?
 こればっかりは仕方ないじゃない!」

「下の球団に興味ないとか言うなや!
 腐っても2015年の優勝チームやぞ!」

「腐ってもってなによ腐ってもって!
 そっちこそ言葉には気をつけなさいよね!」

「ヤクルトはホントに、怪我人さえいなければね……
 でも、そろそろ川端が戻ってくるって聞いたよ?」
「そうなの。2軍の試合に出てるらしくて……
 私としては、無事に野球をやってくれているだけで
 嬉しいニュースなの……ふへ」
「その選手は強いのですか?」
「おととしヤクルトが優勝したときに
 首位打者とってる選手だよ。
 どの年も3割越えてるイメージだし、
 間違いなく主力選手だね」
「では、その人が戻ってきてくれれば……」
「最下位脱出……できるといいんだけど……」
 頼もしい選手が戻ってくるようですが、
 つばめ先輩は浮かない表情をしています。
 ヤクルトは他にも怪我人がいっぱいいるようなので、
 一人だけでは厳しいということでしょうか……。
「なんとか夏休み中に5位になってくれれば、
 それが精神的な励みにもなって、また学校に
 通えるようになると思うのよね……だから……」
「だとしたら、ヤクルトには
 頑張ってもらわないといけませんね」
「そうね……ひとまず、今日も勝てれば
 中日との差が縮まるから……
 がんばって、応援しないと……
 目指せ3連勝……ふへへへ……」
 つばめ先輩の特異体質にもやっと慣れてきた私ですが、
 それでも先輩がいない部室はやっぱり寂しいものです。
 10点差をひっくり返した勢いに乗って、
 ヤクルトスワローズが巻き返してくれますように!